仕事の品格

 安吾忌も近いことだし、という訳ではないのだが、こないだジュンク堂書店池袋本店で見つけた『安吾碑を彫る』(丸山一、考古堂書店)という本を読み始めた。著者の丸山氏は元新潟放送の方で、寄居浜にある坂口安吾の石碑「ふるさとは語ることなし」の元になった色紙の持ち主なのだそうだ。この本はその石碑ができるまでの顛末をまとめたもので、主に石碑製作を請け負った石六石材店の倉田六治氏からの聞き書きが中心になっている。途中、安吾碑用の巨石を据え付けるため、半日かけて穴を掘るくだりの部分で、いかにも年季の入った職人さんらしい言葉があった。

お客様から、庭に庭石を据え付ける注文をいただいた場合、私の店では、昔から、石の三分の一から半分を、土の下にもぐすようにしています。最近は、石を大きく見せるために、全然もぐさずに、地上に置くだけのやり方を好むお客様が多いのですが、それでは庭石として落ち着きと重みが欠けて、下品になります。(92ページ)

 これを読んで、ここ最近流行った品格本(一冊も読んでない……)ではないが、これまで会ったことのある職人さんたちが、出来が悪い、洗練されていないの意味で、「下品」とか「品がない」という言葉をよく使っていたことを思い出した。たとえば活版印刷だと、紙の裏にまで凹凸が出てしまうほど印圧をかけた印刷のことを、「ヘタクソで下品な仕事」だと言っていた。活字の高さを一定に揃えるムラトリを丁寧にすれば、強い圧力をかけなくても奇麗に印刷できるからだそうだ。『『印刷雑誌』とその時代』(中原雄太郎ほか、印刷学会出版部)にも、

むらとり法を行つて仮りに差支へのないだけにするのであるが、之れを入念にすれば立派な印刷が出来るが、少し手を抜くと甚だ汚ないものが出来る。新聞印刷などの汚いのは誠に無理のない所である。(286ページ、大正10年の記事より)

とある。ムラトリをせず、無理矢理強い圧をかけてインキを着けるのは手抜きだというわけだ。ある方は、インキの着いた活字を紙に圧し付けるのではなく、そっと触れるようにして印刷することを「キス・タッチ」とか「キス・インプレッション」と呼んでいた。キスをするようにそっと、という意味なんだろう。
 そういえば、「MINERALIUM INDEX」(米澤敬、牛若丸出版)では、活字組版であることを強調するためか、厚めの紙に強圧をかけてはっきり凹ませていたり、誤って(わざと?)90度回転している活字などを直さずそのままにしていたりした。職人さんはこれを、どんな気持ちで組んだんだろう。

安吾碑を彫る』 『印刷雑誌』とその時代―実況・印刷の近現代史 『ミネラリウム・インデックス