オリジナルと版画

 先週の話だが、思い出したらまた腹が立ってきたので書いておく。
 ホテルニューオータニ幕張にあるレストランのクーポン券がポストに入っていたので、嫁とそこに夕飯を食べに行った。食事の後、すぐ横にラ・プラージュというギャラリーがあったのでふらっと入ったときのこと。店員らしき女性に「絵を買ったりしますか?」と聞かれたので、「こんな高いのは買えないけど、気に入ったのが安ければ買うこともある」と答えた。すると、「オリジナルと版画の違いはご存知ですよね」と質問された。そのとき私の頭に浮かんだ疑問は、最初から版画として作られた作品はどうなるんだろう?というものだった。「オリジナルと複製」とか、「絵画と版画」ならわかるけど、「オリジナルと版画」は微妙にズレているように感じた。この後、このズレが延々と続いていく。
 その店員さんはラッセンの作品を前に、「これは細かいノズルからインクを噴射して描く技術が使われています」というので、「要はインクジェットですね」と私が言うと、店員さんは少しムッとしたように、「ラッセンと何度も色の打ち合わせをし修正をして、ラッセンが自分の作品と認めたものだけにシリアルナンバーを入れているのだ」と言う。そこで私が「エプソンのピエゾグラフみたいのもの?」と聞くと、「最近は家庭用インクジェットプリンターも奇麗になりましたからね」とのお答え。これも少しズレている。
 次に店員さんは、この作品は光を当てるととても奇麗だと言い、店の照明を落として作品の中に描かれた月の部分にライトを当てた。ライトの加減によって夜の月が夕日のように輝いてきたので、「うわー、奇麗ですね! この反射はキャンバスの材質ですか? それとも蛍光顔料でも使っているのですか?」と聞くと、「ラッセンはエアーブラシを使って(本当か?)他の人よりも薄く色を重ねていくので、この透明感が出るのです」とのこと。この答えも少しズレている。
 次に別の絵に移り、「これはシルクペインティング作品で、この画家は色を滲ませる技術で人気がある」とのことだった。欧米版若冲だな、などと思っていたら、「こちらにはこの画家の版画作品があります」と後ろの二枚の絵の説明に入った。もうこの辺りで、私はいいかげんうんざりしていたからはっきりと覚えていないのだが、「こちらはシルクスクリーンなので、インクの滲みが出ます。こちらはインクジェットなので、原画を忠実に再現しており、インク自体は滲んだりしません。どちらを選ぶかは好みの問題です」とかなんとか。私は心の中で、普通はインクジェットの方が滲むだろう、これが滲まないのは版式の問題じゃなくて、UVインクジェットかなんかを使ってんじゃないのか?と思ったのだが、もう口には出さず、ただ「はあ、そうですか。ほー」などと言いながら説明を聞いていた。しかし不信感が顔に出てしまったのか、突然その店員さんは逆切れっぽく、「こんなことも知らずに、よく絵なんて買いましたね」と言い出した。「え? それって私のことですか?」と聞くと「そうです」と言う。店員さんの言う「こんなこと」がどのことなのかはよくわからなかったが、どうやら私は絵なんか買ってはいけない人間だったのだそうだ。しかし、客に対して「それでよくこれまで絵なんか買ってきたな」というギャラリーってどうなんだろう。
 そういえば、すでに「芸術」の世界では、ひと足早くシルクスクリーンも“無版”のインクジェットも、銅版画や石版画同様「印刷物」ではなく「版画作品」として扱われているようだった。その点は少し感慨深いものを感じた。しかしそれにしても、あの店員さんは、ちょっと失礼じゃないか?

(いま楽天市場にあるそのギャラリーのサイトGallery La Plage(ギャラリー ラ・プラージュ)を見てみると、「版画ってなに?」のコーナーに、「何を飾るかはその家(空間)を所有している方が決めることであり、他人にとやかく言われる性格のものではない」と書いてあった……)