全部いい

 もっと戦争をしゃぶってやればよかったな。もっとへとへとになるまで戦争にからみついてやればよかったな。血へどを吐いて、くたばってもよかったんだ。もっと、しゃぶって、からみついて──すると、もう、戦争は、可愛いい小さな肢体になっていた。

 やっぱ安吾っぽくないな〜。「戦争と一人の女」〔無削除版〕の一節で、ちょうどGHQの検閲で削除された部分。おなじみの削除版も十分素晴らしかったけど、この一節が入ることでグッと深みが増す。一つの作品を2度、それも2度目の方が楽しめるということで、GHQに感謝しないといけないな。
 遅ればせながら岩波文庫坂口安吾本第2弾、『桜の森の満開の下・白痴 他12篇』を読んでいる。今は「桜」の手前で小休止。前に「小説編に期待」と書いたけど、期待を上回るセレクトだ。「白痴」から「続戦争と一人の女」まで、脂が乗るとはこのことかと思ってしまうほど、圧巻の作品が並んでいる。これら昭和21〜22年頃の作品は、あまりの出来映えの良さに、逆に安吾らしくない気もしてしまう。“これが安吾”ではなくて、“これも安吾”なんだな。もっとどんくさいのもいっぱい書いてる人だから。
 この頃の作品の中でも特に好きなのが「恋をしに行く」だ(「桜」は除いての話)。現実にはあり得ないほど観念的で饒舌な口説き文句の連射と、その後ガラッと変わる場面とのコントラストが素晴らしい。見事すぎる、「白痴」よりもこっちだ、と思っていたんだけど、久しぶりに読み返すと、やっぱり「白痴」もいい。「続」の付く「戦争と一人の女」もいい。この調子じゃどうせまた「青鬼」もいいと思うんだろうな。「アンゴウ」は泣けるし、「夜長姫」は言うまでもないだろう。結局、“全部いい”、か。

桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫)