ぜいたくな本

 先週、元印刷技術者のお宅に伺ったとき、その方が印刷責任者として51年前に関わった本を見せていただいた。あまりにぜいたくな本だったので我慢できず、帰宅後すぐに「古本屋さんの横断検索」を使って注文した。昭和31年の出版当時1500円もした本が2000円だった。
 その本は『藝術の都 欧州カメラ紀行』(阿部徹雄、新潮社)という写真集で、主にフランスのパリとイタリアのローマで著者が撮影した写真とコメントが収録されている。有名な美術館や遺跡の写真もいいけど、なにげない街の風景も当時の雰囲気が伝わってきて楽しい。「フジタの近況」では、画家の藤田嗣治氏の作品「人魚と魚」と、作品制作中の藤田氏の写真などが載っていた。
 なにが「あまりにぜいたく」なのかというと、装幀・東山魁夷だから……ではなくて、とにかく印刷がぜいたくなのだ。
 中扉対向ページを抜粋して書き写すと、

大日本印刷株式会社
装幀印刷 グラビヤ印刷 1〜80 オフセット印刷 10〜11,65
凸版印刷株式会社
グラビヤ印刷 81〜156 オフセット印刷 142,143 原色版印刷 22,40,86,94

となっており、両社各4名の印刷責任者も紹介されている。なんと日本、いや、世界を代表する印刷会社2社がグラビア印刷で競演しているのだ。そのうえオフセットと原色版も入っているし、文字はもちろん活版だ。一冊で4種類の印刷が楽しめるとは! 特にグラビア印刷の写真は、コロタイプほどの細かさはないにしろ、網点ごとに濃淡が違っていてほとんど連続調に見える。とても150線とは思えない滑らかさだ。
 たしかにオフセット印刷の、特に高精細やFMなんかは写真プリント並のきれいさ、精確さで素晴らしいと思うけど、印刷自体の味を楽しむには、やっぱりオフセット一辺倒になる前の昔の本がいいなあ。
芸術の都―欧州カメラ紀行 (1956年)