不覚

 先日、久しぶりに千駄木往来堂書店に立ち寄った。ここに寄ると、他のお店で何度も見かけた本であっても、つい衝動買いしてしまう。今回も3冊、『ひとりという幸福』(坂口三千代メタローグ)、『食うものは食われる夜』(蜂飼耳、思潮社)、『孔雀の羽の目がみてる』(蜂飼耳、白水社)を買ってしまった。
 今はなきメタローグの『ひとりという幸福』は、小口に赤いマルBの判子が押してあり半額だった(Bはマル暴のBではなくB本のBです、念のため)。この本は『クラクラ日記』の抜粋など三千代夫人のエッセイ14編を集めたもので、夫である坂口安吾への尋常ではない愛が切々と伝わってくる内容だった。それにしても、便所に閉じ込められ水をかけられながらも、半狂乱で暴れ回る夫の怪我を心配するとは……。巻末エッセイを読んで、デザイナーの山本輝司さんがかなりの安吾ファンであることを初めて知った。イギリスのジャーナリストに「日本文化私観」を読ませようとイキり立ち翻訳までさせる、これは筋金入りです。読ませた結果、イギリス人ジャーナリストの反応はどうだったんだろう。気になる。
 あとの2冊は、奇しくも同じ著者のものだった。蜂飼耳(はちかい みみ)という人のことはほとんど初“耳”だったけど、往来堂の棚を順に眺めているうちに活版っぽい背文字が目にとまり、ふと『食うもの〜』を手に取ったのが運の尽き。筒函から本を取り出して見ると、表紙にはボール紙じゃなくてウレタンっぽい素材を使っていて、背の部分は剥き出しで縢り糸や背票が丸見え。なんか菊地信義さん装丁の『月光の遠近法』(高柳誠/建石修志、書肆山田)っぽい作りだと思ったら、やはりこれも菊地さんでした。フトコロが寂しいので買おうかどうか迷ったけど、本文もいまどき珍しい活版印刷だったので結局買うことに。『食う〜』の隣にあった『孔雀の羽〜』も装丁は菊地さんで、チリが1センチ近くもある珍妙な作りの本だった。違和感が大きすぎてあまりいい装丁とは思えなかったけど、印刷が精興社だったのでこれも買ってしまった。ただしこちらはオフセット。
 そういえば先月も、翻訳・柴田元幸+本文書体・精興社明朝というなんとも魅力的な組み合わせにつられて『ウェイクフィールドウェイクフィールドの妻』(N・ホーソーン/E・ベルティ、新潮社)というハードカバー本を衝動買いした。今回往来堂で買った3冊もハードカバー。普段はなるべく文庫の棚しか見ないように心がけているのだが……不覚。まだ月初めだというのに、今月もお昼はパンとコーヒーで500円という日々が続きそうだ。

ひとりという幸福 (パサージュ叢書) 食うものは食われる夜 孔雀の羽の目がみてる ウェイクフィールド / ウェイクフィールドの妻